国旗の意味


国旗に一礼は7人だけ…官房長官「あ、そうですか」
http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/090918/plc0909180143005-n1.htm


僕はこの出来事に違和感を覚えた。


それはなぜだろうと、考えてみた。


国旗は、国家の象徴だと思う。なぜ記者会見の場で国旗を背後に様々な発表がなされるか。例えば、その模様が他国のテレビなどで報道されたとしよう。そうすると、国旗が背後にあることで、その前で話す人間の言葉がその国の言葉になる。まあこれは極端な解釈で、さすがに一人の政治家が話した言葉をそのまま国家の言葉に置き換える人は少ないかもしれない。しかし、他国のマスコミが国民感情をどうこうしたいときに、そうした映像を効果的に使えば、それは国家の言葉になりうるのではないか。映像を見ればそれがどこの国の人間か一目瞭然だ。映像を見た一瞬で、これは日本の人間で、なおかつ国家首脳部クラスの人間の発言だ。と判ずるだろう。記者会見の映像のどこを切り取っても国旗は映っているのだから。


国旗を燃やす抗議というのは、だから、最大限の抗議の表れだと思う。その国の人間を殺してそれを吊るせばただじゃ済まない。しかし、国旗ならばそれ自身は単なる布切れだから、法律に触れることもない。だが、焼かれる方の国の人間は屈辱を感じるだろう。


背後に配すれば国家を背負い、正面に見据えるときは国家と向き合うことになる。


今回選挙で大勝した民主党は、日本という国をどうしようと考えているのだろうか?


真に日本を良くしようと思っているのか、それとも、今まで自分達が野党だった分、積もりに積もった鬱憤を、自分達の理想を具現化することで解消しようと思っているのか。


この国旗のニュースだけでそれを判ずるのは早計に過ぎる。しかし、国旗のその先に日本と言う国の姿、ひいては国民の生活を想像できない者が、霞ヶ関という場所にいて、国民を想像できるだろうか?


単なる儀礼として、国旗に礼をしても意味はない。国政を担うという重責を負い、それに対して真摯に向き合う気持ちが自然に現れれば、国旗に日本の姿を想起することは難くないはずだ。